「学校を変えれば、社会が変わる」【3前/5】
Vol.1 民主主義は進化する
Vol.2 学校が政治に無関心な国民をつくっている
Vol.3 封建社会の学校から、民主主義の学校へ(前編) ◀ 本号
Vol.4 自主性を求める教育と、主体性を育てる教育はどう違うのか
Vol.5 対話の文化を、教室から社会へ
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【Vol.3】封建社会の学校から民主主義の学校へ(前編)
〜なぜ学校は民主主義を体験する場所でなければならないのか〜
民主主義は、人類にとって「しんどい」社会システム
前回の記事では、「多数決」は民主主義の本質ではないという話をしました。
多数決は、どうしても結論が出ないときの最後の手段に過ぎません。
本来の民主主義とは、対立する人たちが対話を重ね、可能な限り誰も取り残さない合意を目指す営みです。
では、そのような民主主義を支える力は、どこで身につければよいのでしょうか。私は、その答えは学校にあると思っています。
しかし、その前に一つ確認しておきたいことがあります。民主主義という社会システムは、人類の歴史から見れば、ごく最近になって生まれたものだということです。

人類は、およそ五千年前に文明を築いて以来、そのほとんどを王や皇帝、貴族などが支配する社会の中で暮らしてきました。
政治を行うのは一部の支配者。民は、その決まりに従う存在です。
もちろん、優れた君主もいました。人々の暮らしを豊かにしようと努力した為政者も数多くいました。
しかし、社会の基本構造は変わりません。
「決める人」と「従う人」。これが、長い間、人類の当たり前でした。
大きな転換点となったのが、18世紀のフランス革命です。
「主権は王ではなく国民にある。」
この考え方が広がり、近代民主主義が少しずつ世界へ広がっていきました。
つまり、人類はここ二百年ほどで、それまでとはまったく違う社会システムに挑戦し始めたのです。
ところが、この新しい社会システムには、一つ大きな特徴があります。
とてもしんどい。
ということです。
封建社会では、誰かが決めてくれました。だから、自分で考えなくてもよかった。
しかし、民主主義では違います。
一人ひとりが自由です。
価値観も違えば、立場も違う。当然、意見はぶつかります。自由を認め合えば認め合うほど、対立は増えていきます。
だから民主主義とは、対立のない社会ではありません。むしろ、対立があることを前提に、その対立をどう乗り越えるかを考え続ける社会なのです。
そのためには、一人ひとりが自由を尊重し合い、対話を重ね、全員が納得できる目標を共有し、その実現方法をともに考えていかなければなりません。
民主主義は、決して楽な社会ではありません。
だからこそ、私は子どものうちから民主主義を体験的に学ぶことが必要だと考えています。
教科書で制度を学ぶだけではありません。
実際に意見が対立し、話し合い、自分たちでよりよい答えをつくる経験を積み重ねることです。
学校に残っていた「封建社会」の文化
ところが、日本の学校はどうだったでしょうか。
私は、中学生の頃から、このことにずっと違和感を抱いていました。教員になってからは、その違和感の正体を考え続けるようになりました。
民主主義社会で育つ子どもたちが通う学校でありながら、その学校には、封建社会の文化が数多く残っていたからです。
教員が決める。子どもは従う。
ルールは大人がつくる。子どもたちは、それを守ることを求められる。
もちろん、先生方に悪意があったわけではありません。
学校は100年以上、そのような仕組みで運営されてきました。
戦後、日本は国民主権の国になりました。
しかし、学校文化は、その前の時代を色濃く引き継いだままでした。
その姿は、社会全体にも表れています。
たとえば、1899年に制定された旧北海道土人保護法は、1997年に廃止されるまで、実に98年間も存続しました。
また、ハンセン病患者の隔離を定めた法律も、医学の進歩によって隔離の必要が否定されたあとも長く改正されず、1996年まで残り続けました。
どちらも、後になって「人権を侵害する法律だった」と認められたものです。しかし、それでも長い間、変えられなかった。
「法律だから。」
「決まっていることだから。」
そう考える文化が、私たちの社会には根強く残っていたからです。
法律は、本来、お上が国民を支配するためのものではありません。自由な人々が、よりよい社会をつくるために合意した約束事です。
ところが、その感覚は、日本では十分に育ってきたとは言えません。
私は、その原因の一つが学校にあると思っています。