「学校を変えれば、社会が変わる」【1/5】

〜 なぜ今、管理教育から主体性を育てる教育へ転換しなければならないのか 〜
工藤勇一 2026.05.27
読者限定

Vol.1 民主主義は進化する ◀ 本号
Vol.2 学校が、政治に無関心な国民をつくっている
Vol.3 封建社会の学校から、民主主義の学校へ
Vol.4 自主性を求める教育と、主体性を育てる教育はどう違うのか
Vol.5 対話の文化を、教室から社会へ

********************************************************************************************************

【Vol.1】民主主義は進化する 

〜「最大多数の最大幸福」から「誰一人取り残さない社会」へ 〜

私たちはいま、民主主義そのものの“転換点”に立っているのではないか。最近、そんなことを強く感じています。

「みんな同じ」が当たり前だった時代

日本の学校は長い間、「同質性」を前提に動いてきました。同じ制服、同じ時間割、同じ目標。飛び出た個性よりも、集団に合わせる力が「協調性」として評価されてきました。

それは、社会の要請でもありました。高度成長期の日本には、「同じ方向に向かって、効率よく、大多数が豊かになる」ことが何より求められていたからです。学校はその担い手として、均質な人材を育てる場として機能してきた。ある意味で、時代と社会に正直に応えてきたとも言えます。

この発想の根底にあるのは、近代民主主義の中心的な考え方——「最大多数の最大幸福」です。限られた資源をどう分配するか、社会全体をどう効率よく成長させるか。その問いに答えるために、多数決は合理的な仕組みでした。多数派の意見が通り、少数派は折れる。それが“民主的”な決め方だと、私たちは長い間信じてきました。

「最大多数の最大幸福」から、「誰一人取り残さない社会」へ

しかし今、社会は大きく変わっています。

この記事は無料で続きを読めます

続きは、1813文字あります。

すでに登録された方はこちら

読者限定
「学校を変えれば、社会が変わる」【5/5】
読者限定
「学校を変えれば、社会が変わる」【4/5】
読者限定
「学校を変えれば、社会が変わる」【3後/5】
読者限定
「学校を変えれば、社会が変わる」【3前/5】
読者限定
「学校を変えれば、社会が変わる」【2/5】
読者限定
ニュースレターはじめます