ニュースレターはじめます

このたび、The Letterでニュースレターを始めることにしました。

テーマは、学校教育、子育て、民主主義、主体性、当事者性、そして「これからの社会をどうつくっていくのか」という問いです。

これまでFacebookやX、講演などで発信してきたことを、もう少し落ち着いた形で整理しながら、日々感じていることや、現場で起きていることを書いていきたいと思っています。
工藤勇一 2026.05.25
読者限定

このニュースレターについて

私は、「誰もが読める」形で発信したいと考えています。そのため、記事は基本的にすべて無料です。メールアドレスをご登録いただければ、「読者限定記事」を含め、どなたでも無料で読めるようにしています。

「月額500円」のサポートを設定した理由

これは、同時に立ち上げたYouTubeチャンネル「工藤勇一の『子どもと学校の困りごと』相談室」の運営を支えていただくためのものです。

今、多くの保護者、子ども、教員が、それぞれに悩みや苦しさを抱えています。そうした困りごとに、少しでも具体的に応えられる場をつくりたいと思い、このチャンネルを始めました。

無理にご支援いただきたいわけではありません。まずは、このレターを通して、学校教育や子育てについて一緒に考えるきっかけになればと思っています。そのうえで、「応援したい」と感じてくださる方がいらっしゃれば、とても嬉しく思います。

学校は何のためにあるのか

学校で起きていることは、社会のあり方そのものとつながっています。だからこそ、教育を考えることは、社会の未来を考えることでもあります。
いま世界では、分断や戦争が現実のものとなりつつあります。こうした時代に、教育は何を目指すべきなのか。学校教育の「当たり前」を見つめ直しながら、これからの学びと社会の姿を考えていきます。

子どものころから感じていた教育への違和感

教師を志す学生や、実際に教師になった多くの人が、「素敵な先生との出会い」が原点だったと語ります。しかし、私の場合は少し違います。

誠実で尊敬できる先生方との出会いがなかったわけではありません。ただ、それ以上に強く記憶に残っているのは、「こうあるべきだ」という価値観を一方的に押し付ける教育への息苦しさでした。

団結、連帯責任、規律、同調——学校では、そうしたものが「大切なこと」として繰り返し求められていました。協力し合うことそのものを否定したいわけではありません。しかし当時の私には、どうしても理解できないことがたくさんありました。

なぜ、一人の問題を全員の責任にするのか。なぜ、「みんな同じ」であることが、そこまで求められるのか。なぜ、疑問を持つことより、従うことの方が優先されるのか。

自分なりに考えても納得できない。それでも「正しいことなのだから従うべきだ」とされる。そのことに、私は強い息苦しさを感じていました。

こんな思いを感じていたのが私だけだったのか、それとも多くの子どもたちも心のどこかでは同じように感じていたのか、今でも分かりません。

ただ、強く覚えているのは、殴る先生たちに対して、親しい友達までもが、
「あの先生は、本当は生徒思いのいい先生だから」「愛の鞭なんだ」
と語っていたことです。しかも、それは自分自身の言葉というより、大人たちの言葉をそのまま疑いなく繰り返しているように見えました。

私は、その姿を見るたびに、何とも言えない悲しさとやりきれなさを感じていました。友達を否定したかったわけではありません。むしろ、そう思わざるを得なくなる空気や、「愛」という言葉で正当化されてしまうという価値観そのものへの違和感でした。

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